木こりの「ボウズは嫌だ!」

 木こりはボウズが嫌いです。魚が釣れなくても、水辺で一日遊べたのだから良しとしなければならないとは思うし、次の釣果につながる知恵なり経験なりを得たと思えば無駄とは言えません。特に渓流なんかでは、いい景色、気持ちのいい森の香りに包まれて、そこにいるだけでいい、とも言えます。しかしそれでもボウズはなさけない。「釣れるのも釣り、釣れないのも釣り」と人に言うことはあっても、胸に手を当ててよくよく本心を考えてみると、やっぱりそれは負け惜しみ。木こりは小人物なので、すぐ「こんなことならゆっくり寝てればよかった」「今日一日家で仕事してたらずいぶんはかどっただろうに」「高い高速代、高いエサ代、高いボート代、高い入漁料……」とか、まあ実にいろんなことを思ってしまいます。

 でも、チビハゼ1匹でも釣れると、気分は全然違います。食べられる魚だと、「よーし今夜はから揚げでビールだ!」と晴ればれしてきます。たとえ釣れたのが魚屋で一山100円で売ってる魚でも、足代エサ代の数千円が惜しくなくなります。

 どうやったら魚が釣れるだろう、そう考えて仕掛けやエサを工夫したり、場所を移動したり、釣り方を変えたり、いろいろやってついに魚がかかる。ちょっと大げさに言うと、それはまるで自分の努力や工夫が「大自然」に受け入れられた、神様に認められた、という感じがして、実に感動的です。原始人が狩りに成功したときのような、原初的な感動が釣りにはあります。

 お気楽なあそび釣りでも、いや、お気楽な釣りだからこそ、なんとか魚を釣りたいと思います。あぐりと結婚して以来、釣りの楽しみの半分は帰宅してからの夕食にあるんじゃないかという心境になってきたので、なおさらそう思います。

 小学生のころのある春休み、本で読んだ小川に電車に乗ってひとりでフナ釣りに行ったことがありました。釣れるどころかアタリひとつなく、そのうえ仕掛けはからむしハリは竿袋に刺さって取れなくなるし、寒いし、ひどく意気消沈したことをよく憶えています。もう帰ろうと道具をしまって歩いていると、田んぼの中の用水路のようなところで、ひとりのおじいさん釣師が黙々と糸をたれているのに会いました。木こり少年を見ておじいさんは「釣れたかね」と声をかけてきました。「いえ、全然」と答えて、「こんな細いところに、魚いるんですか?」とたずねると、ゆっくりとした口調で「コイ、フナ、ヘラブナ、まあなかなか馬鹿にはできんよ」と教えてくれました。今の木こりなら、釣り方のひとつも聞き出そうとするところだと思いますが、そのときはがっくり来ていたのでおじいさんに別れてそのままとぼとぼと帰りました。これがたぶん「ボウズはサビしい」というトラウマになっているのではないかと思います。

 これは自慢ではないのですが、こういう完全なマルボウズ体験は、そのとき以来あまり記憶にありません。最低限、その晩のおかずになる分くらいは釣ってきます。じゃあ木こりはそんなに釣りが上手なのかというと、そんなことはありません。本格的な釣りは全然やったことがない初級者です。それでは初級者の木こりがボウズ経験がないのはなぜでしょうか。

 その秘密を大公開します。読めば「な〜んだ」ってことですが、これがいわば木こり流「あそび釣り」の極意です。

外道でも釣れれば喜ぶ!
「今日は青物を釣ろう」とかそういう狙いは一応立てても、それにはこだわらないのがボウズのがれの近道です。アイナメを釣ろうと思ってもハゼしか食ってこないこともあります。そしたらハゼ狙いに変更します。投げ釣りをやるつもりでも、サビキで小アジのほうが釣れるかもしれません。そういう路線変更を「がっかりしないで」やれれば、ボウズ確率は激減します。「思いがけない釣果」は自然が相手の釣りの醍醐味のひとつです。本命が釣れなかったことを嘆くよりも、外道が釣れたことを喜べる釣り師に私ハナリタイ。
 ヒイラギは干物にするとウマい、ボラだって刺身で食える、そういった釣魚料理に関する知識を仕入れることも、外道を喜べるようになるためには重要です。
大物でなくても喜ぶ
「一発大物狙い」はとにかくアブレることが多いものです。大物を狙うときでも小物も確保するのがボウズのがれの鉄則です。「小物なんか釣ってもしょうがない」と思わないで、とにかく今夜のおかずになるものなら何でもありがたく釣らせていただきます。木こりが見るとびっくりするくらいの大きな魚を釣りあげた人が「小さいなー」「こんなもんじゃしょうがない」なんて言ってることがよくあります。普段はもっとでかいのを釣ってるんだ、ってことを言いたいのでしょうか、その気持ちもよくわかりますが、なんとなく不幸な人だなあと思ってしまいます。もし、「釣りが上達するとこと」が「小物を喜べなくなること」であるのなら、私は生涯幸せな初心者でアリタイ、なんちって(^_^;
難しい釣りをやらない
鮎の友釣りとか、磯のメジナとか、繊細なチヌ釣りとか、ルアーとかフライとか、とにかくそういう難易度の高い、釣れる確率の低い釣りはあんまりやりません。海のボート釣りのような釣りやすい釣りを好んでやります。ひとつの釣りを極めている真剣な釣り人の楽しみ方を否定するつもりは全然ありませんが、木こりが釣りに求めるものはそれとは違うようです。ひとつの釣りを極めるためには、たとえば渇水かつ高水温時の渓流といった、季節的にキツい釣りにも通ったりすることになり、ボウズ確率はグっと上昇します。
情報収集して魚の多いところへ行く
釣りは「ウデ」よりも「場所」です。どんな名人でも魚のいないところでは何も釣れません。逆に魚がいさえすれば、どんな初心者でも入れ食いの可能性があります。木こりは渓流が好きですが、魚の数からいえば海のほうが断然安心です。もっと安心なのは釣堀です。webや電話でしっかり情報収集して、その時期その時期で魚の濃いところへ出かけるようにするだけで、ボウズはなくなります。
混んだ釣り場には行かない
上と矛盾するみたいですが、解禁日などの混んだ釣り場では、いいポイントに入れなかったり、駐車スペースがなかったり、他の釣り人とオマツリしたり、気が立っている釣り人のマナー違反が多かったり、釣り以前のところのトラブルが多く、結構「まさかのボウズ」があり得ます。
いろんな仕掛けやエサを用意しておく
今日はボート釣り、狙いはキス釣り、という時でも、サビキも胴づきもブラクリもメタルジグも弓角もワームも、生きエサ仕掛けもウキ釣り仕掛けも、なんでもちょっとずつ持っていきます。状況によっては根で釣ることになるかもしれないし、突如ナブラが立つかもしれません。釣り場を変えることになるかもしれないし、波ケがあって堤防釣りになるかもしれません。できるだけ融通のきく装備を整えるようにしています。これはエサでも同様ですが、たとえばイカタンとか、常温保存のできるコマセとかを常に釣りバッグに入れておいたり、クーラーボックスには冷凍あさりを常備しておくといった工夫をしています。またイソメエサでは少々値段が高くてもアオイソメでなく岩イソメ(赤イソメ)を使うこともボウズのがれには有効です。
置き竿を有効活用
置き竿も、マニアのカレイ釣りのようにカレイ狙いの遠投竿を3本並べるよりは、投げとサビキとヘチ狙いといった具合に狙いの違う竿を3本並べるとボウズ確率は下がります。思いがけない魚があがったりして楽しいし。「思いがけないものが釣れる」のが海の楽しみでもあります。
座り込む前に試し釣り
堤防などでは実釣前に必ず「ヘチ占い」をします。